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HOME >OB・OGの近況 > 交野高校テニス部と私 |
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交野高校テニス部と私 |
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| 私と交野高校テニス部との関わりを語ると話は昭和56年4月まで遡る。当時15歳であった私が初めて硬式テニスに触れたのは交野高校のテニスコートであった。その後、大学でもテニス部に入り、平成元年に大阪府の教職員として採用され、時折、母校テニス部を訪れる機会はあったが満足な練習をしている様子はうかがえない状態であった。何とか立て直したいと思っていたが他校に赴任し、女子バスケット部顧問と言うことでなかなか思うように交野高校テニス部に関わることができなかった。 |
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そして、転勤の時期を迎え交野高校に赴任したのは平成6年4月であった。当時2年ほど前に着任した先生の元で徐々に部活動としての形を成し始めていたテニス部の顧問させてもらい、その後2年間、当時の部員たちと一生懸命練習に励み春季大会で団体ベスト8まで進出することができた。その後、なみはや国体の準備局へ2年間出向していたが国体終了後、交野高校に戻り、以後8年間指導することができた。主な戦歴は、公立学校対抗優勝2回、準優勝1回、個人戦では近畿大会や関西ジュニア、関西ジュニア選抜に出場させることができた。大学の機関誌に教員としての夢は「私と同じ、テニスバカの育成です。」と書いた夢が叶った10年間であった。残念ながら、平成18年4月転勤のため交野高校テニス部を離れることとなったがやり残したことはないという気持ちでいっぱいである。強いて言うならば、私の跡を継ぐ若い指導者を育成したかったが、これも種はまいたと思っている。多くの卒業生たちが大学でテニス部や同好会に入り、テニスクラブでコーチをしている者もいる。彼らが私のあとを引継、交野高校のテニス部顧問として帰ってくる日が近い将来に訪れることを祈願したい。 |
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